寝かせて増すコクとうま味|寿福酒造場 武者返し

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 ビターチョコレートを思わせるコクと甘みのある香り。口に含めば米焼酎らしいまろやかでふくよかなうま味が、舌になじむようにのびやかに広がっていく。品のいい余韻、ほどよい刺激とキレの良さもあり、ついもう一杯と手がのびる。

 今回ご紹介する「武者返し」は、熊本県の球磨(くま)地方で造られる球磨焼酎の逸品。世界にはスコッチウイスキーやボルドーワイン、シャンパンのように、地名を冠することを世界貿易機構(WTO)に許された伝統的銘酒があるが、球磨焼酎もその一つだ。豊饒なこの地では、贅沢にも食用の米を原料にした米焼酎が造られてきた。

 球磨地方の中心である人吉(ひとよし)市には28の球磨焼酎の蔵元があるが、「武者返し」を作る寿福(じゅふく)酒造場は、その中でも小さな蔵だ。時代が機械化へ、そしてソフトな飲み口の減圧蒸留へと流れる中も、手作りを守り、人吉で唯一、“常圧蒸留ひとすじ”を貫いてきた。高温で蒸留する常圧蒸留は、米のうま味を最大限に引き出す一方で、雑味も混じりやすい。それを甕で約2年寝かせることでまろやかで深みのある味へと変えていく。古酒ではなく、通常の商品をこれだけ寝かせて出荷している蔵元はめずらしい。

 「蒸留酒は熟成して味わいが増す。熟成するなら常圧」との信念で、常圧蒸留ひとすじを守ってきたのは4代目当主の寿福絹子さんだ。女性杜氏のさきがけでもある寿福さんは、その圧倒的な存在感と魅力的な人柄で焼酎業界では知らぬ人のない有名人。作り手同様、「一本筋の通った焼酎」と愛好者たちが絶賛する米焼酎をこの機会にぜひ味わっていただきたい。今回は『風土47』特別価格ではないが、もともとお買い得な価格の商品。最後に注文方法を記載しているので、お見逃しなく。

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■伝統の蔵を受け継ぐ太陽のような“常圧の母”

 
 以前、冬に訪れたとき、寿福酒造場は仕込みの真っ最中だった。蒸し上がった米の熱気が店頭にも伝わってきた。

 「奥へどうぞ。ばってん、うちはこまか(小さな)蔵やけん、あんまり奥に行くと裏へはってく(出てしまう)よ」

 そんな冗談を言いながら、忙しい時期にも関わらず、寿福絹子さんは元気いっぱい、ほがらかに取材陣を迎えてくれた。

 熊本県人吉市にある寿福酒造場は、明治23年から続く老舗の蔵元だ。温かみのある昔ながらの木造の店舗の奥に、仕込み蔵が続いている。

 

蒸した米のふやけた部分を取り除くのも手作業で行われていた
 
 

「武者返し」25度の720mℓと1800mℓ
 
 蔵の看板商品が「武者返し」。
 そしてもう一つの看板は社長の寿福絹子さんだろう。25歳で蔵を継承して40年あまり。今でこそめずらしくなくなったが、女性杜氏のさきがけとして伝統の蔵を切り盛りしてきた。

 80年代、ライトな焼酎がブームとなり、多くの蔵元がソフトな飲み口に仕上がる減圧蒸留器を導入する中、常圧蒸留ひとすじと決めたのも寿福さんだ。

 女人禁制といわれる酒造りの世界で女性が杜氏を務めることへの非難や中傷、減圧蒸留の流行に乗らなかったためにした営業的な苦労など、多くの辛い話も寿福さんが話すとからりと聞こえる。

 
 
 「つぶれかけて大変やった。ばってん、常圧で通してきてよかったと思います。本当の焼酎の味が分かるのは常圧よ」。再び常圧蒸留が見直されるようになり、今では寿福さんを“常圧の母”とよぶ人もいる。

 信念を貫く強さとバイタリティ、太陽のような明るさは合う人を惹きつけ、業界内外に多くのファンを持つ。寿福さんに合うために、直接店に焼酎を買いに来る人もいるほどだ。

 “食は人なり、酒も人なり”。食品や酒には必ずや作り手の真情や人柄が表れる。ならば、寿福さんの造る焼酎がうまくないはずがない。

 

4代目当主の寿福絹子さん
 

■焼酎造りは子育てと同じ。愛情を注いで丁寧に育む

 
 寿福酒造場では、杜氏である息子さん二人とともに家族中心で焼酎造りを行っている。

 寿福さんは、「焼酎は子どものように愛情を持って育てる」と話す。そのためには手間ひまを惜しまない。多くの工程で手作りを守るため、蔵の規模は大きくできないという。

 米焼酎造りは、毎年10月、その年の新米100%を使って始まる。地元産の品種ヒノヒカリは通常の原料となる米よりはるかに高い。それでも使用するのは「食べておいしい。いい材料を使ってこそおいしい焼酎が造れる」からだ。

 

原料は地元産の新米100% / 蒸した米に麹菌を混ぜて麹を作る
 
 

発酵熱を逃がすために表面積を広げるように混ぜる
 
 焼酎はまず麹作りから始まる。原料の米を蒸して麹菌を混ぜ、麹室(こうじむろ)に保管して発酵させる。この間、発酵によって発生する熱を抑えるため、昼夜を問わず何度もかき混ぜなくてはならない。この作業をドラムなどの機械を使って行う蔵もあるが、寿福酒造場ではもちろん杜氏による手作業だ。表面積を広げて熱を逃がしながら、温度を調節する。
 
 
 次はもろみ作り。できた麹に酵母と水を加えて酒母(一次もろみ)を造る一次仕込み、さらに一次もろみに主原料である蒸した米を加えて発酵熟成させる二次仕込みを行う。

 健康で強い酒母を造る一次仕込みの一週間は、夜も目が離せないそうだ。甕に入れたもろみがたてるシャワシャワという小さな発酵音をたよりに、温度が下がれば甕を温める。

 「焼酎は生き物。赤ちゃんと一緒でいつ病気になるかもしらんでしょう」。

 二次仕込みの段階でも、何度も撹拌して発酵の具合を調節する。仕込みが始まる10月から翌5月までは蔵に泊まり込みでの温度調節が続くという。

 こうしてできたもろみを蒸留器で蒸留し、甕で寝かせ出荷している。

 なぜあまり機械化をしないのかとの質問に、寿福さんは「しんどい思いして造るとかわいくなる。米に情が湧く。だから夜中でも起きてようすを見に行きたくなる。かわいければ一層手をかけられる」のだと話してくれた。

 

もろみの発酵が進み、表面に泡が現れる / 甕を撹拌する櫂(かい)入れの作業

もろみを常圧蒸留器で蒸留する / できたての焼酎
 

■人吉は元気です!「九州ふっこう割」でぜひ現地へ

 
 最後になったが、球磨焼酎の故郷である球磨地方はどんなところだろう。

 作家の司馬遼太郎氏は、この地を“日本でもっとも豊かな隠れ里”と称している。

 周囲を九州山地の急峻な山並みに幾重にも囲まれた球磨地方では、山から流れ出る球磨川をはじめとする豊富な河川が肥沃な土地を生み、昔から米がよくとれた。

 その豊富な米を原料に、室町地代から米焼酎が造られてきたという。日本酒が酒米を原料にするのに対し、球磨焼酎は食用の米を原料にする。何とも贅沢だ。

 

国宝の青井阿蘇神社
 
 

長い蔵の歴史を物語る寿福酒造場の店舗
 
 球磨焼酎は、昔から“ガラ”とよばれる容器に球磨焼酎を入れ、火鉢や囲炉裏に置かれた五徳(ごとく)にそのままのせて温める直燗(じきかん)という飲み方が一般的だったという。 30度~55度ほどのぬる燗でダイレクトに味わう飲み方は、本当においしい焼酎だけが耐えられる飲み方だろう。

 人吉市には、国宝の青井阿蘇神社をはじめ、多くの見どころがある。豊かなこの地は古くから栄え、独自の文化が育まれてきた。平成27年度から文化庁が認定している「日本遺産」の第一回に球磨地方の文化が選ばれているほどだ。

 
 
 9月9日からは九州への旅が最大50%割引になる「九州ふっこう割」の第二期販売が始まる。ぜひ、熊本の人吉へでかけよう。

 寿福酒造場では店頭でも直接焼酎を販売している。「武者返し」は25度や35度、古酒もあって種類豊富。また、杜氏の名前を付けた麦焼酎「寿福絹子」も製造。麦の甘みと香ばしい香り、すっと爽快でキレのある後味も秀逸。自慢の麦焼酎だ。

 

麦焼酎「寿福絹子」も人気商品
 

■「武者返し」「寿福絹子」の購入はこちらへ

 
寿福酒造場へ電話、またはFAXで。
 
  電話:0966-22-4005/FAX:0966-22-4037
  住所:〒868-0054 熊本県人吉市田町28-2
 
商品参考
米焼酎「武者返し」25度 720mℓ   1,350円
米焼酎「武者返し」25度 1,800mℓ  2,376円
麦焼酎「寿福絹子」25度 720mℓ   1,350円
麦焼酎「寿福絹子」古酒(1999年蒸留)5,400円など
 
熊本県アンテナショップ「銀座熊本館」でも一部、販売しています(通販ではありません)。売り切れの場合や、入荷商品が変わる場合もあるのでご注意ください。
 
  http://www.kumamotokan.or.jp/
 

出荷するまで甕で寝かせて熟成させる
 


取材 中元千恵子(トラベルライター、日本旅行記者クラブ、日本旅のペンクラブ会員)