原料と製法にこだわる「本場の本物」|あご野焼き

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 「あごが落ちるほどおいしい」ことから、“アゴ”ともよばれるトビウオ。

 今月ご紹介するのは、そのアゴをすり身にして焼いたかまぼこ「あご野焼き」の逸品だ。

 島根県では、古くから初夏に産卵のために山陰沖を北上するトビウオを水揚げして、「あご野焼き」が作られてきた。

 今では県の名産品として数多くのメーカーが商品化しているが、その中で唯一、島根県沖で獲れたトビウオを100%使用し、伝統の炭火焼きにこだわって製造しているのが青山蒲鉾店だ。

 5月から7月に島根県沖で水揚げされる旬のトビウオを練り合わせ、酒や塩で味を調え、保存料や化学調味料は一切加えず、一本一本丁寧に焼き上げている。産卵前の脂ののった新鮮な魚を使った野焼きは、うま味が濃く、焼きの香ばしさが食欲をそそる。卵白やデンプン質も最小限に抑えているので、ソフトな口当たりで、アゴ本来の上品な味わいが楽しめる。

 青山蒲鉾店の歴史は古く、創業は享保12年(1727年)。江戸時代は松江城にも出入りして商品を納めていた。

 この店では、「あれはおいしかった」と多くの人が称賛をもって懐かしむ伝説の「あご野焼き」があった。それはもち米で作る発酵酒「地伝酒」を使ったものだ。

 現在の14代目当主は地道に研究を重ね、途絶えていた地伝酒をついに復活。焼酎を使用する「あご野焼き」のほかに「地伝酒あご野焼き」も製造している。

 青山蒲鉾店の「地伝酒あご野焼き」と「あご野焼き」は、産地で唯一、一般財団法人食品産業センターが定める「本場の本物」に指定されている。「本場の本物」は、厳選した材料を用いて、その土地ならではの本場の製法で作られたものだけに与えられる地域食品ブランドの表示基準だ。いわば製造者の「原料」と「製法」へのこだわりの証。

 青山蒲鉾店の商品を食べずして「あご野焼き」は語れない、まさに逸品だ。

 酒にもご飯にも合い、年末年始のギフトにも喜ばれそうなこの品を、この機会に味わってみてはいかがだろう。問い合わせ先は文末に記載していますので、ぜひご覧ください。

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■島根沖のアゴと“地伝酒”。こだわりが育む本物の味

 
 アゴは淡白ながら上品な味わいで、刺し身や塩焼きにして食べたり、出汁として使う地方も多い。

 島根県では、なぜ「あご野焼き」を作って味わうようになったのだろう。

 その疑問に答えてくださったのは、14代目当主夫人の青山美喜子さんだ。

 「あご野焼きは、島根県でも東部の、島根半島から美保関(みほのせき)、鳥取県米子あたりで作られてきました。

 この地方でトビウオが水揚げされる時期は、5月末から7月ころ。産卵のために北上する途中ですから、脂が多くて干物には向かないんですね。そこですり身にしてかまぼこにしたのだと思いますよ」

 

「本場の本物」に認定された青山蒲鉾店の「あご野焼き」
 
 
 

原料には5月~7月に島根東部で水揚げされたトビウオのみを使用する
 
 さらに「ちょうど梅雨時ですから、腐らないように、獲っていち早く加工しようと、漁師が浜で魚の身をたたいて塩水で味をつけ、竹の棒に巻いて焼いてから持ち帰ったのでしょう。

 あご野焼きは、まさにこの地方の気候風土、そして先人の知恵が生んだ特産品なんです」と話す。

 その特産品「あご野焼き」は昔、松江藩主も食したという。

 戦前まで、初夏になると蒲鉾店で焼くアゴの香ばしい匂いが漂い、松江の風物詩だったそうだ。

 戦後、漁獲量が減少したため、他産地のトビウオを使用したり、また大量生産の製法に切り替えた生産者もいたが、青山蒲鉾店では地元の良質なトビウオにこだわり、伝統の炭火焼き製法を守り続けている。

 
 
 
 こだわりといえばもう一つ。昭和初期に、戦争の影響などで途絶えてしまった「地伝酒」を復活させたことだ。

 地伝酒は、平安時代から出雲に伝わる料理酒。もち米を仕込んで発酵させ、木炭を加えて作る。みりんの半分ほどの甘味があり、砂糖のない時代に料理の味付けとして使われていた。

 「先々代の兄弟たちが、口をそろえて『地伝酒を使ったあご野焼きはおいしかった』というので、独自に研究を重ねて復活させました」と青山さん。

 大学教授など専門家の意見を聞き、県の産業技術センターに何回も成分分析を依頼し、商工会議所の協力も得て、やっと復活させることができた。

 地伝酒は肉質をソフトにし、うま味成分を引き出す。魚本来の味わいがいっそう楽しめるのだ。

 

昭和16年ころまで、江戸古来の地伝酒が秘蔵の料理酒として保管されていたという
 
 

■炭火の上で回しながら、じっくりと焼き上げる

 
 青山蒲鉾店の「あご野焼き」はどのように作られるのだろう。

 そのほとんどが手作業だ。

 まず、トビウオの頭と内臓を取り除き、水洗いしたのちに、採取機にかけ、魚肉と骨、皮、ウロコに分ける。

 魚肉を水でさらし、布袋で絞ったら、機械でミンチ状にしてさらにカッターにかける。それを石臼に移して練り、塩や地伝酒(通常のあご野焼きは粕取り焼酎)、てんさい糖で味付けをする。

 できたすり身を1m以上もあるアルミ棒に手早く巻きつける。

 そして、いよいよ焼く工程だが、これもすべて手作業だ。

 炭を使った焼き台の上で、アルミ棒に巻きつけたすり身をくるくると回す。

 

石臼で魚肉を練りながら地伝酒などを加える
 
 
 

叩いた手の感触で焼け具合を確かめながら仕上げていく
 
 回しながら、中まで火を通すために、生け花の剣山のような「突き立て棒」でぽんぽんと叩く。

 一本一本感触を確かめながら、30分ほどかけて、じっくりと焼き上げる。

 こうしてできた「あご野焼き」はソフトで心地よい歯触り。淡白でありながらも、噛みしめるたびにアゴの深い味わいが口に広がる。

 「地魚を使い、伝統の製法で丁寧に作っています。無添加でアゴ本来の味が楽しめますので、ご賞味ください」と青山さん。

 店では、食文化の大切さを伝えたいと「野焼き体験」も実施している。

 島根の風土を愛し、大切に思う老舗が、ひたむきに育んできた逸品を、ぜひ味わってみたい。

 
 

■「地伝酒あご野焼き」「あご野焼き」の問い合わせ先

 
 青山蒲鉾店
 
 島根県松江市中原町88
 http://www.aoyamakamaboko.jp
 
☎0852・21・2675(受付時間 7:30~20:00)
お問い合わせの際、「風土47を見た」という旨をお伝えください
 
ファックス 0852・21・8850(24時間受付)
お名前、お電話番号、ファックス番号を明記の上、ご送信ください。
 
営業時間 7:30~19:30
定休日  元日のみ
 
 
 
「地伝酒あご野焼き」
 
 


取材 中元千恵子(トラベルライター、日本旅行記者クラブ、日本旅のペンクラブ会員)