風土47
旅行ライター中元千恵子の「ある日のひとり歩き」
このコラムでは、フリーのライターとして旅行やインタビューの仕事をしていく中で、おもしろいなと思ったことを不定期でゆるーくお伝えしていきたいと思います。

■後戻りしないもの

 旅の月刊誌『旅行読売』で、“バリアフリーの温泉宿”という連載を執筆させていただいて約8年になります。主に高齢者や車イスを利用されている方が、宿泊しやすい温泉宿を全国からピックアップし、毎月1軒ずつご紹介しています。

 今でこそバリアフリーやユニバーサルデザインの考えが浸透しましたが、連載が開始された2006年はまだ浸透度合いが現在の1~2割という感じでした。

 ある大手ホテルチェーンが、バリアフリールームスペースをこっそり一般客室に変更するという法令違反を犯し、問題になった事件を覚えていらっしゃる方も多いでしょう。あれがちょうど8年前の2006年でした。


 当時、世の中のバリアフリーへの意識は高くなく、そして、車イスの方の外出も今のように多くなかったと思います。

 あまり需要の無かった時に、車イスの方も旅に出てほしいという想いで“バリアフリーの温泉宿”の連載を決めた旅行読売出版社の編集部は立派だなと思いますし、何より、そのころから高い意識を持って真摯にバリアフリー化に取り組まれていた宿のオーナーさんたちがいらっしゃったことに感激しました。

 数は決して多くはなかったのですが、湯田中温泉「はくら」、飛騨高山の「高山グリーンホテル」、三重の「湯元榊原館」、伊豆の「サンバレー伊豆長岡・和楽」など、ソフト面もハード面も当時から充実していました。(写真は、宿では全国で最初に設置されたといわれる高山グリーンホテルの車イスで入浴できるリフトです)


 今年から連載がリニューアルされ、モノクロ1ページだった誌面がカラー2ページになりました。

 そこで、連載開始当時に紹介した宿をもう一度詳しくカラーでご紹介しようと、久しぶりに再取材させていただいた宿が数軒あります。

 そのうちの1軒が河口湖のほとりに立つ「富士レークホテル」です。約8年ぶりに訪れて驚いたのは、バリアフリーに関するハードもソフトも格段に進化していたことです。私が知る限り、バリアフリーの温泉宿として全国でBest3に入ると思います。(写真は、富士レークホテルの湖を望むロビーです)


 かつて1室だったUDルーム(誰もが使いやすいユニバーサルデザイン=UDを取り入れた客室)は7種類、計23室に増設。従業員研修などサービス向上にも努め、その実績が認められて、平成23年に第10回「内閣府バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰」優良賞を受賞しています。(写真はUDルームの一つ。3方向のリクライニングベッドも備えています)

 社長の井出泰済さんは気さくな方で、「バリアフリー化に取り組んで10年間、ずっとUDルームの稼働率が低くて本当に苦しかったです」と話してくださいました。ご冗談かもしれませんが、廃業まで考えたとおっしゃっていました。でも間違っていないという信念を持ち続け、より多くの方に温泉を楽しんでもらえるようにと、バリアフリー化を進めてきたとのこと。

 今では、赤ちゃん連れの“ママ&ベビー”や、外国人宿泊客もUDルームを利用するようになり、一気に稼働率も上がったそうです。富士山の世界遺産登録も追い風になり、国内外からの宿泊客が増えたそうです。

 お話を聞いていて、私も本当にうれしくなりました。(写真は露天風呂付き客室での井出社長)


 最近はバリアフリーの宿が増えました。2006年に、公共交通機関や公共性の高い建物についてバリアフリーを義務付けた法律「バリアフリー新法」が施行され、それが浸透してきたように思います。

 この連載を担当させてもらってつくづく感じたのは、多くの人が「こうだったらいいのに」「こうあるべきだよね」と感じていることは、その時は困難に思えても、必ず皆がいいと思う方向に進んでいくということです。少しずつでも動き出せば進み始めて、やがて加速度がつき、決して後戻りしないのだなと。正しい流れは後戻りしないと実感しました。(写真は飛騨高山の陣屋にて。観光名所でもバリアフリー化が進んでいます)


 現在は、障害を持つ方の旅の相談にのってくれるバリアフリーツアーセンターも各地にできています。

 この夏、全国のバリアフリーツアーセンターが集まって北海道旭川で行われた「バリアフリー観光全国フォーラム」は、パラリンピックの監督や選手の講演も行われ、大盛況でした。

 主催者の言葉で印象的だったのは「バリアは無くすものではなく、楽しむものになりつつある」という言葉です。車イスの方にとってバリアだと思われる雪や海なども、今は観光として楽しめるようになってきているのだそうです。

 8年前には想像もしなかったこと。更なる進化が楽しみです。

中元千恵子
中元千恵子 旅とインタビューを主とするフリーライター。埼玉県秩父市生まれ。上智大卒。伝統工芸や伝統の食、町並みなど、風土が生んだ文化の取材を得意とする。また、著名人のインタビューも多数。 『ニッポンの手仕事』『たてもの風土記』『伝える心息づく町』(共同通信社で連載)、 『バリアフリーの宿』(旅行読売・現在連載中)。伝統食の現地取材も多い(http://tabipen.net/report/nakamoto01.html