風土47
旅行ライター中元千恵子の「ある日のひとり歩き」
このコラムでは、フリーのライターとして旅行やインタビューの仕事をしていく中で、おもしろいなと思ったことを不定期でゆるーくお伝えしていきたいと思います。

■片想いの相手は?

 山手線の駒込駅近くに国の特別名勝に指定された庭園「六義園(りくぎえん)」が広がっています。

 名物の一つが高さ15㍍、幅約20㍍のシダレザクラ。満開の噂を聞いて、3月のある夜にライトアップを見に行きました。幻想的な光景でした。

 六義園へ行くと思い出すのが、寄り道して出会ったあるパワフルな女性です。


 その方について書く前に、私の大好きな六義園について少しご説明を。

 ご存知の方も多いでしょうが、六義園は元禄15年(1702)、川越藩主・柳沢吉保が造園しました。和歌や文学の知識を活かし、『万葉集』や『古今集』に詠まれた景勝地を園内に88ヶ所も再現しています。実に7年の歳月をかけて完成させました。

 起伏と変化に富み、物語性にも優れ、どこを見ても情緒的な風景が広がります。各地の庭園の中でも、個人的には1、2位を争うお気に入りです。


 風光明媚な紀州和歌の浦を再現したり、山桜を植えた吉野の小径があったり。広々とした池のほとりから、深山の趣の道など、園内をめぐるとまるで全国を旅しているような気分になります。

 火災や関東大震災、東京大空襲でも大きな被害を受けず、移り変わりの激しい都心にあって今も造園時の面影を残しているのは奇跡にも近いと思います。

 整備と保存については明治期に所有した三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎の力が大きかったようです。


 この庭園を最大限に楽しむには、休日の11時と14時から行われる無料の「庭園ガイド」に同行することがおすすめ。和歌の世界や花の種類など約1時間かけて園内を説明してくれます。うんちくの宝庫のような庭園なので、ガイドさんの説明を聞くと10倍楽しめます。

 さて、昨年の6月、六義園を訪れた帰りに駒込駅へ歩いていたところ、あるお店のショーウィンドーに目が留まりました。

 ブラウスに見事な刺繍が施してあるのですが、価格は安いのです。日本でこの刺繍をしたら、少なくとも3倍以上の値段はするはず。でも、この刺繍の美しさは日本としか思えない……。


 好奇心が抑えられず、店に入って「この刺繍はどこの国で?」と尋ねました。

 出てきた方は、よくぞ聞いてくれたとばかりに、これらがベトナムで作られていること、ベトナム人は器用で世界各国の刺繍を受注していること、そして日本の製品もベトナムで数多く作られていることなど、熱弁をふるってくださいました。

 この方、ただ者ではないと思い、いろいろお聞きすると、55歳でアジアン雑貨店を開業し、ベトナムと日本の架け橋としても活躍されている「Duc&Rei」の吉川禮子さんという方でした。


 吉川さんはとにかくパワフル。病気克服、起業、子育てを終えてからの韓国留学……。いろいろなお話を伺いましたが、圧巻は子育てを終えてからの東大受験と卒業。そのバイタリティにひれ伏したくなりました。

 その吉川さんが、ベトナム雑貨を扱うことで何を日本に伝えたいかというと「ベトナムの人たちがいかに日本のことを好きか知ってほしい」ということなのだそうです。

 吉川さんが以前ベトナムの刺繍工房を訪ねた時のこと。たくさんの日本向けの刺繍製品が在庫になっていました。その頃、日本は不景気。日本人として責任を感じた吉川さんは10万円分でも買わせてほしいと申し出たそうです。

 でも工房の人は「ほかの国の人は約束を破って製品を取りに来ないこともある。でも、日本人は遅くなっても必ず来てくれるはず。その時に製品がなくて悲しませたくないので売れない」と断ったそうです。


 写真は見えにくいかもしれませんが、昨年Googleが発表した日本への好感度ランキング。1位はベトナムです。

 「ベトナムで食事をしていると『日本人か?』とよく笑顔で話しかけられます。日本への好意を感じます」と吉川さん。

 「でも日本の人たちはあまりベトナムに目を向けていないでしょう? このままだとベトナムの片想いになってしまう。もっとベトナムと友好を深めましょう。その架け橋になりたい」と話してくださいました。

 吉川さんがここにお店を出すのは年に数日だけだそうです。偶然に出会った方から、55歳からでも好きなことはできると勇気をいただきました。旅は寄り道も楽しいですね。


中元千恵子
中元千恵子 旅とインタビューを主とするフリーライター。埼玉県秩父市生まれ。上智大卒。伝統工芸や伝統の食、町並みなど、風土が生んだ文化の取材を得意とする。また、著名人のインタビューも多数。 『ニッポンの手仕事』『たてもの風土記』『伝える心息づく町』(共同通信社で連載)、 『バリアフリーの宿』(旅行読売・現在連載中)。伝統食の現地取材も多い(http://tabipen.net/report/nakamoto01.html