風土47
今月の旅・見出し


長野県千曲市姨捨の棚田にて
 9月1日は節分から数えて210日。なお残暑が続くが、9月になると、心なしか秋の気配と気分に包まれる。古今和歌集に「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」(藤原敏行)とあるように、秋はコスモスやススキを揺らす風に運ばれてくる。旅心も涼風に誘われる季節である。

 今年の暦は秋分の日(23日)の前が4連休になるシルバーウイーク。その頃、畦や堤、路傍、墓地で長く伸びた茎の先端に燃えるような深紅の花を付けるのが彼岸花だ。曼珠沙華(梵語で赤い花)の名もあるが、好悪が分かれる花である。しかし妖艶さを好む人も多く、花の名所は多くの人で賑っている。彼岸が過ぎると赤い花びらは一斉に消え失せ、茎だけが立ち残る不思議さも気にかかる。

 彼岸が過ぎると日の短さとともに秋は駆け足で深まって行く。

滋賀県■直弼公生誕200年祭に沸く井伊家の城下町・彦根


町を飾る直弼公生誕200年祭ののぼり

多彩な装飾がみものの国宝彦根城天守閣

趣を増してきた夢京橋キャッスルロード

洋風建築の建物が集まる四番町スクエア

関西風和風ダシが特徴のをかべのちゃんぽん

彦根の味で外せない近江牛料理の一品

味覚の宿・双葉荘で味わった湖魚料理
 この夏、暑い日盛りの中、彦根の町に久し振りに降り立った。駅前や通りには「井伊直弼公生誕200年祭」ののぼりがはためく。パンフレットには「生誕200年を迎える直弼(なおすけ)公の功績や人柄、文化人としての側面を全国に発信するため」とあり、7月10日~12月23日の開催とあった。

 そんなわけで、まず彦根城(0749・22・2742)に上ってみた。幕府の大老職にあった井伊直弼だが、勅許を得ずに日米修好通商条約に調印、意見を異にする勤王派を処刑した安政の大獄によって非情な独裁者とされて、桜田門外で暗殺。その悪評は太平洋戦争終結まで続いた。のちに直弼を主人公にした舟橋聖一の『花の生涯』がNHK大河ドラマで放映されて評価は一変。彦根の町も肩身の狭さから解かれたという。

 そこで佐和口多聞櫓と天秤櫓で開かれている、『花の生涯』や『柘榴坂の仇討』の映像作品や小説や、専用眼鏡で観る3Dシアターなどによって井伊直弼の魅力をメッセージする特別展を見学した。

 山上に立つ白亜3層3階の天守閣は国宝指定。35万石の大藩にしては小ぶりなのは、大津城天守を移築改装したものだから。だが4つの壁面には飾り金具を施した唐破風、切妻破風、千鳥破風など豪華な飾り屋根が設けられ、武者窓、花頭窓、格子窓が開かれ、ほかの天守閣と比べてはるかに意匠を凝らし、装飾性に富んでいる。秀吉の長浜城の天秤櫓、石田三成の佐和山城の多聞櫓や太鼓櫓など寄せ集めだが、いずれも国の重要文化財である。

 城を出て下屋敷の大名庭園の玄宮園を巡り、藩主の14男として生まれた直弼が、前途に希望のない部屋住みの青年時代をひたすら文武に励んで暮らした埋木舎をのぞいて、いろは松の前にある井伊大老歌碑で立ち止った。「あふみの海磯うつ波のいく度か御世にこころをくだきぬるかな」の直筆を写して刻んだ和歌は、大老職にあって多くの難題に直面したが全身全霊で国を思って対処してきた心情を、安政7年(1860)の正月に詠んだもの。その2ヶ月後に桜田門外で凶刃に倒れた。

 井伊直弼の業績と人柄をしのんだあと、城下町の賑わいを歩いてみた。城の南には白壁、いぶし瓦、格子戸など江戸の町家を再現した夢京橋キャッスルロード。その東に隣接する大正ロマンが漂う洋風建築のモダンな町並みの四番町スクエアも、戦国をテーマに古くて新しい商店街づくりに取り組んでいる花しょうぶ通りも興味深かった。ここでは近江牛やふな寿司、近江ちゃんぽんの名物を賞味した。

 彦根は城だけでなく、古くて新しく、新しくて古い魅力的な町なのであった。

〈交通〉
・JR東海道本線(琵琶湖線)彦根駅下車
<問合せ>
・彦根市観光企画課☎0749・30・6120
・彦根市観光案内所☎0749・22・2954
・彦根観光協会☎0749・23・0001
・びわ湖ビジターズビューロー☎077・511・1530

山形県■湯と水と緑豊かな大正ロマンの町並み・銀山温泉


木造3、4階の宿が両側に連なる銀山温泉

古山閣の外壁を飾る色も鮮やかな鏝絵

大石田駅からの足はレトロなボンネットバス

隈研吾氏設計の共同浴場「しろがね湯」

旅館街の奥にある清涼感いっぱいの白銀の滝

名物の伊豆の華のそばと冷やしラーメン

日もち当日限りでも大売れの千本だんご
 「どう行ったらいいのですか」とよく聞かれる観光地の1つに銀山温泉がある。国内はもとより海外からの旅行者も多い人気の温泉観光地だ。鉄道からも高速道からも遠く、確かに交通便はよくはない。しかし、この夏は家人を伴っての鶴岡、酒田の旅の途中、山形新幹線大石田駅からレトロなボンネットバス利用のルートで銀山温泉に行った。

 バス停から少し坂を下ると、銀山川の両岸に大正・昭和の3~4階の木造旅館が立ち並ぶ温泉街が忽然といった感じで現われた。大工さんや左官職人が腕を競った黒板壁や白漆喰壁、障子窓や飾り窓、漆喰看板や絵看板、鏝絵(こてえ)などを見上げながら多くの観光客がそぞろ歩いていた。

 なかでも目を見張るのが木造4階、望楼やバルコニーをもつ和洋の混じる老舗「能登屋旅館」(0237・28・3933)や木造4階、2階の窓の上に四季の風物を描いた鏝絵がズラリと並ぶ旅館・古山閣(0237・28・2039)。それぞれに意匠を凝らした個性的な宿が9軒、足並みを揃えて、懐かしく趣深い町並みを作っていた。

 銀山の魅力は温泉ばかりでなく、20メートルの高さから水しぶきを散らす、清涼感いっぱいの白銀の滝や、水と緑の銀山川上流の散策路など自然にもある。道中、清々しさに包まれながら、最奥の銀坑洞を見学して(往復30分)温泉街に戻った。

 銀山は文字通り、江戸時代、幕府直轄の延沢(のべざわ)銀山で栄えた地で、大森(石見)、生野(但馬)とともに3大銀山として名を馳せた。その銀鉱採掘の折に湧出したのがこの温泉。鉱山作業員らの疲労回復や外傷治療などに使われたが、崩落事故による廃坑のあと、一般に開放され近郷近在の人が湯治に訪れるようになった。

 大洪水で流されて、大正末期から昭和初期にかけて再建の時に、趣向を凝らした宿が競うように建てられたのが、今に残る町並みである。

 湯は63.8度のナトリウム‐塩化物・硫酸塩温泉。湯の花の混じるかすかに乳白色の湯はピリッと熱いが、皮膚病、創傷、神経痛、成人病、婦人病などに効くという。著名建築家・隈研吾氏設計の三角形の湯船がユニークな「しろがね湯」(500円)や湯船は小さいが昼間は空いている「かじか湯」(300円)の2つの共同浴場もある。

 昼食は古民家を改装したそば処・酒処「伊豆の華」(0237・28・2036)で、山形名物のそばと冷やしラーメンを賞味した。

 みやげには銀山名物の亀屋の「亀まんぢう」や明友庵の「かりんとまんじゅう」、はいからさん通りの「カリーパン」。また高視聴率を誇った32年前のNHK朝ドラ『おしん』の舞台となって脚光を浴び、海外にも知られて、休前日や連休、旅行シーズンの宿は満室状態。『千と千尋の神隠し』の舞台にもなった。

 夜は漆黒の闇の山里にガス燈が灯り、宿の窓からこぼれる明りが幻想的である。

 なお大石田町の本町商店街の「横丁とうふ店」(0237・35・2312)の「最上川千本だんご」は行列のできる人気店。注文を受けて目の前であんこ、醤油、ずんだ、ゴマなどあんをたっぷりのせた、シコシコのだんごがおいしい。賞味期限は当日限りなのに土産にたくさん買う人が多い。

〈交通〉
・JR山形新幹線大石田駅からは銀山温泉行きながさバスで約40分、終点下車
〈問合せ〉
・尾花沢市観光物産協会☎0237・23・4561
・銀山温泉観光案内所☎0237・28・3933

中尾隆之
中尾隆之(なかおたかゆき)
高校教師、出版社を経てフリーの紀行文筆業。町並み、鉄道、温泉、味のコラム、エッセイ、ガイド文を新聞、雑誌等に執筆。著作は「町並み細見」「全国和菓子風土記」「日本の旅情60選」など多数。07年に全国銘菓「通」選手権・初代TVチャンピオン(テレビ東京系)。日本旅のペンクラブ代表・理事、北海道生まれ、早大卒。