


日本の真ん中を伝えるへそ石とへそ地蔵

駅前から新町五差路へと続くマロニエ通り


人気銘菓「こがねいも」と「へそ栗最中」

気楽に芸術に触れられる渋川市美術館

渋川での泊りは石段街の伊香保温泉で
駅前から北に延びるマロニエ通りの新町五差路から北へ2~3分歩いた寄居町の交差点には「へそ地蔵」が立っている。平安時代の武官・坂上田村麻呂が度々の東征の帰途に立ち寄った時、この地は日本の真ん中に当たると、置いたへそ石があることで古くから日本の中心といわれてきた。
この言い伝えを踏まえて、後世の昭和58年に渋川市が「日本のまんなか」を宣言。へそ石の隣にへそ地蔵をまつり、日本の臍中心標を設置し、毎年7月下旬にへそ祭りを開催。ペインティングした臍を出したへそ踊りパレードなど多様なイベントが催され、6万人以上もの人出で町が沸き立つ。
中心の根拠はへそ石にあるが、日本列島4島の北端の宗谷岬と南端の佐多岬を通る円を描くとコンパスの軸が渋川市に当たる事実で実証している。
近くの四ッ角交差点にある数寄屋風の大きな店構えの錦光堂は、白あんと紫芋あん入りのニッキの香るサツマイモそっくりの「こがねいも」が看板菓子。真ん中に因んだ「へそ栗最中」も美味しくておみやげとしても人気がある。
市街の北側には牡丹の寺でおなじみの正蓮寺、桜と紫陽花の真光寺などの数ヶ寺が、この町の歴史の長さを花を添えて物語っている。
また上越線と吾妻線の分岐点そばの日本シャンソン館と渋川市美術館・桑原巨守彫刻美術館、群馬ガラス工芸美術館を通って徳冨蘆花記念文学館を結ぶ東西9キロの県道は「アルテナード」と呼ばれる芸術の散歩道である。
市の西部には万葉集にも詠まれた古湯で、石段街でもおなじみの伊香保温泉がある。茶褐色の湯で知られる温泉はもとより、10月は温泉街外れの河鹿橋をはじめ鮮やかな紅葉も見ものである。
・JR上越線・JR吾妻線渋川駅下車。伊香保温泉へはバスで約25分
〈問合せ〉
・渋川市商工観光部観光課☏0279・22・2873
・渋川伊香保温泉観光協会☏0279・72・3151


波静かで明るい瀬戸内海にある牛窓港

朝鮮通信使とだんじりの歴史を学ぶ牛窓海遊館

お土産に人気の「瀬戸内れもんサブレ」

潮待ち港で栄えた名残のしおまち唐琴通り

銀行建築が街角ミュゼ文化館として公開

酒屋だった茅葺屋根の竹久夢二生家
今は瀬戸内市とひとくくりになってイメージがぼやけたが、古くて新しい港町の牛窓を目指して列車に乗った。
牛窓へは邑久駅からバスで向うが、到着待ちの駅前で「待てど暮らせど来ぬ人を宵待ち草のやるせなさ」の詩画家・竹久夢二の歌碑を見て、生家前で途中下車した。
バス停そばに16歳まで過ごした茅葺屋根の夢二生家と東京にあったアトリエ兼住まいを再現した洋風の少年山荘がある。「泣く時はよき母がありき、遊ぶ時はよき姉ありき七つのころよ」。田園風景の中で情愛深く育ったことが分かる。
牛窓はここからバスで13分ほど。万葉集にも詠まれ、帆船時代、風待ち・潮待ちの船でにぎわい、江戸時代は朝鮮通信使の寄港で華やぎ、「牛窓千軒」と呼ばれた町である。その面影を宿すしおまち唐琴通りには時代と潮風にさらされた趣深い古い家々が軒を連ねる。
最初に立ち寄ったのがソテツの植込みと明治のモダンな洋風の牛窓海遊文化館。元の牛窓警察のしゃれたホワイトハウスだが、徳川将軍就任の慶賀などで度々訪れ、立ち寄った朝鮮通信使の資料と牛窓秋まつり(10月第4日曜)に巡行する船形だんじりの2つの展示室に興味がそそられた。
古い商家や民家カフェに気を取られながら歩いて行くと、急傾斜の石段の上に三重塔が立つ法華宗の古刹の本蓮寺があった。本堂は国の重要文化財だが、客殿は500人を超えるほどの朝鮮通信使の宿所になったという。境内からは瓦屋根の向こうに明るい牛窓港が見下ろせる。
牛窓はオリーブ栽培に適した温暖な気候と波静かな海のイメージから「日本のエーゲ海」と呼ばれるマリンリゾート。ヨットセーリングやシーカヤックなども楽しめる。
食べ物なら「あなご重」など海の幸。さわやかな香りと甘さの「瀬戸内れもんサブレ」はおみやげに喜ばれる。
牛窓は古い歴史の面影と明るいリゾートの取り合わせが粋な町である。
・JR赤穂線邑久駅からバス。山田入口夢二生家前まで9分、牛窓まで22分
〈問合せ〉
・瀬戸内市観光協会☏0869・34・9500