風土47
今月の旅・見出し
 
 
長崎県■美しい西海に浮かぶ穏やかな丘陵状の島・小値賀


鉄川与助設計の壮麗で温もりある旧野首教会

教会への途次に見下ろす白砂の浜の野首海岸

廻船などの豪商の邸宅を使った歴史民俗資料館

狭い坂道に古い家々が密集する笛吹郷の路地

赤い砂浜が海と鮮やかに映える赤浜海岸

豪壮な雰囲気で味わう古民家・親家のランチ

笛吹郷にある島宿・御縁で食べた海鮮料理
 九州本土、西彼杵半島の西方海上40㌔に連なる福江、久賀、奈留、若松、中通の5島を中心に大小140余りの島々からなる五島列島は表情豊かな景勝地。

 遣唐使船など古くから中国大陸への中継地として知られ、中世以降は五島氏の支配地となる。16世紀にはキリスト教が伝わり、禁教の時代も信仰は絶えず、潜伏キリシタンの祈りは島のそこここに教会堂として残された。それらが2018年に世界文化遺産として登録され、広く注目を集めている。

 その五島列島の北端に位置する小値賀(おぢか)は、温暖な気候で、なだらかな丘陵状の小値賀島を中心に17の島々からなる町である。平成の大合併で列島の町は五島市や新上五島町にくくられたが、小値賀町は独自の歩みを続けた。

 表玄関は新上五島町方面や佐世保方面からの船が入る島の南部の小値賀港。その背後に広がる笛吹郷が中心集落になっている。

 町役場や郵便局、銀行などのあるのがメインの笛吹本通り。そこから木の枝のように東西に延びるゆるやかな坂の小路や路地には、格子窓や板壁の昔ながらの商店や民家が軒を並べ、昭和レトロの懐かしい道筋をつくっている。海産物やカマボコ、酒屋、菓子店など暮らしを支える店々が残っている。

 なかでも目を引くのは、古きよき時代が留まっているかのような活版印刷の普弘舎印刷所や、捕鯨、海産、廻船、酒造など手広く営んだ豪商・小田家の250年の屋敷を譲り受けて開設した小値賀町歴史民俗資料館。

 訪ねたのは火山岩の砂礫でできた赤浜海岸や海に向かって鳥居が立つ地の神島神社、黒松並木のトンネルの姫の松原、玄武岩の裂け目の穴に丸まった玉石があるポットホールなど自然や歴史。

 また島には古民家をリノベーションして宿泊や食事ができる建物が5軒余ある。そのうちの一軒の「親家」で昼食を味わった。数多くある広壮で趣が深い立派な古民家にこの島の繁栄ぶりがしのばれた。

 翌日は地の神嶋神社と向かい合う沖ノ神嶋神社のある野崎島に渡った。今は無人集落になった野崎港に船で着いて、エメラルドの海と白浜を見下ろす山道を旧野首教会まで30分ほど歩く。澄んだ青空を背景に小高い丘に赤レンガの教会が見えた時、どうしてこんな所に……美しい姿に心がときめいた。

 当初は木造だが、集落の17世帯の潜伏キリシタンがキビナゴ漁などで貯めたお金を持ち寄り、明治後期に教会建築の名手、鉄川与助の設計・施工で建てたものだ。今は教会の機能はなく、世界文化遺産登録には外れているが、聖堂内も端正で清雅で、敬虔な祈りが伝わってくる。

 小値賀島の謳い文句に「暮らすように旅する」があるが、たしかに小値賀はそんな旅時間が似合いそうな島であった。

〈交通〉
・佐世保港から小値賀港まで高速船で2時間、またはフェリーで3時間。
 小値賀から野崎島までは町営船で30分
〈問合せ〉
・おぢか観光協会☏0959・56・3820
・おぢかアイランドツーリズム☏0959・56・2646
福島県■鉄道・街道の要衝が生んだ活気ある商工都市・郡山


洋風校舎を保存活用した安積歴史博物館

水辺を中心に花と緑の広大な開成山公園

開成山公園の施設の1つの野外音楽堂

柏屋の敷地にある菓祖を祭る「萬寿神社」

昔から評判の人気菓子の柏屋の「薄皮饅頭」

ほっこりおいしい三万石の「ままどおる」

鶴の姿のもちもちのかんのやの「家伝ゆべし」
 南北に東北新幹線・東北本線、東に磐越東線、西に磐越西線、南東に水郡線が延びる郡山(こおりやま)は、福島県の中央部に位置する鉄道の町。東北自動車道や国道4号、磐越自動車道など道路網も集まる東北有数の交通の要衝である。

 駅周辺にはオフィスビルやホテル、商業ビルが建て込み、バスやタクシー、クルマが発着して人口33万余の商工業都市としての活気を見せている。

 だが旅先としてゆっくり町を見たことはなかったので、バスと歩きで巡ってみた。最初に訪ねたのは明治時代のモダンな洋風建築の安積(あさか)歴史博物館。安積高校の敷地に立つ旧福島尋常中学校本館で、正面玄関の上に鹿鳴館風のバルコニーを構えた国指定の重要文化財である。

 復元教室や講堂、教育資料の展示に見入り、明治時代の評論家・高山樗牛や、夏目漱石門下で大正・昭和の小説家・久米正雄らが巣立った名門校だっことも知った。テレビや映画のロケにもよく使われるという。

 近くには猪苗代湖の水を郡山盆地に引き入れるためオランダ人技師の指導で完成した農業用水路の安積疎水の事業や歴史を伝える3階楼の郡山開成館がある。

 その東側に広がる灌漑用の池であった五十鈴湖を中心とした広大な公園が開成山公園で、野外音楽堂や野球場、陸上競技場、屋内水泳場など市民のスポーツと憩いの都市公園になっている。

 ベンチに腰を下ろして、水鳥がつくる波紋の動きなど眺めながらしばし憩って、清掃作業の女性に声をかけると、ここにはソメイヨシノやヤマザクラなど1300本もの桜があって、4月中旬の満開時は心が浮き立つほど。また6月初めのバラ園も素晴らしいと教えてくれた。

 隣接して“みちのくのお伊勢さま”で親しまれる開成山大神宮や郡山ゆかりの文学者を紹介する文学の森資料館もあった。

 駅へ向かうさくら通りで、名物の「薄皮饅頭」の開成柏屋に立ち寄って、饅頭を賞味した。嘉永5年(1852)、奥州街道郡山宿で、柏屋の初代が皮が薄く、こし餡たっぷりの、これまでなかった贅沢な饅頭を考案・発売。大いに人気を呼んだ。

 柏屋の薄皮饅頭は、志ほせ饅頭(塩瀬総本家)と大手まんぢゅう(伊部屋)とともに由緒と歴史、美味で日本三大饅頭に数えられる。店舗の裏には萬寿神社が建っている。恭しく参拝した。

 郡山にはこの饅頭に劣らぬ人気銘菓に、バター風味の小麦粉生地でミルク味がしっとりの白餡をくるんで焼いた三万石の洋風饅頭「ままどおる」がある。ふんわりとした皮としっとりした餡の絶妙なおいしさにファンが多い。

 郡山の三大銘菓のもう一品は、江戸時代後期に創製したかんのやの「家伝ゆべし」。うるち米の米粉の皮でこし餡を包んで羽ばたく鶴をかたどって蒸し上げたもっちりとしてきめ細かな甘さの餅菓子である。

 郡山は東北地方で屈指のおいしい銘菓の町でもある。

〈交通〉
・JR東北新幹線・東北線郡山駅下車
〈問合せ〉
・郡山市観光課☏024・924・2621
・郡山市観光協会☏024・954・8922
 
中尾隆之
中尾隆之(なかおたかゆき)
高校教師、出版社を経てフリーの紀行文筆業。町並み、鉄道、温泉、味のコラム、エッセイ、ガイド文を新聞、雑誌等に執筆。著作は「町並み細見」「全国和菓子風土記」「日本の旅情60選」など多数。07年に全国銘菓「通」選手権・初代TVチャンピオン(テレビ東京系)。日本旅のペンクラブ代表・理事、北海道生まれ、早大卒。近著に「日本百銘菓」(NHK出版新書)