風土47
旅空子の「味」な旅・見出し
 
三重県■一級の文化、人物、名産を生んだ伊勢の城下町


石畳と槇垣が趣深い武家長屋の御城番屋敷

堅固な石垣が歴史を寡黙に語る松坂城跡

城跡に移築の本居宣長旧宅。2階に書斎の鈴屋

広大な敷地に多数の蔵を並べる旧長谷川治郎兵衛家

「牛すき焼」など松阪牛ランチを賞味できる快楽亭

440年以上の老舗・柳屋奉善の銘菓「老伴」

老舗が並ぶメインストリートの伊勢街道
 三重県中央部、松阪は織田信長や豊臣秀吉に才覚を見込まれた近江・日野城主蒲生氏郷がこの地に城を築いたことに始まる城下町。城下にお伊勢参りの街道を引き寄せ、楽市楽座を開き、人や物資の交流する街づくりを目指した。

 だが2年後に氏郷は42万石の会津へ転封を命じられる。徳川御三家の紀州藩領となり、城主なき城下町の中から三井高利ら多数の伊勢商人が輩出する。商都の繁栄ぶりをしのばせる豪壮な屋敷が今も残る。

 紀勢本線松阪駅に降り立つと、まずは駅前通から伊勢街道、大手通と15分ほど歩いて、松や桜、カエデが茂る公園になった市のシンボルの松坂城跡に直行した。

 天守閣も櫓もないが、高さ30mほどの丘を天然石でがっちり固めた野面積みの石垣が、堅固な名城をしのばせる。街を見下ろす一角には松阪に嫁いだ姉の家に度々逗留、松阪を描写した小説家・梶井基次郎の『城のある町にて』の文学碑がある。

 城跡の南側にある医者をしながら『古事記伝』など優れた業績を残した本居宣長旧宅は、伊勢商人を輩出した魚町から移築。2階には愛用の鈴にちなみ「鈴屋」と名付けた4畳半の書斎も保存。隣接してある国語学に残した偉大な業績を展示する本居宣長記念館は分かりやすくて楽しめた。

 城跡の三の丸跡の石畳の道の両側には、手入れの行き届いた緑濃い槇垣を巡らせた御城番屋敷が整然と並ぶ。城の警固に当たった紀州藩士が家族とともに住んだ武家長屋で、東棟に10戸、西棟に9戸が残る。住宅として今も使われている。美しく貴重な家並みは、国の重要文化財に指定。1軒は公開している。

 松坂(阪)城跡とその周辺をぶらつきながら、大手通に引き返して、豪商のまち松阪観光交流センターや松阪商人を生んだ松阪もめん手織りセンターに立ち寄る。

 近くには5つの蔵をもつ豪商の旧長谷川治郎兵衛家、江戸一の紙問屋だった旧小津清左衛門家、財閥三井家発祥地、本居宣長宅跡などが伊勢商人の活躍を物語る。

 松阪といえばおなじみ高級ブランドの松阪牛。和田金、牛銀本店など多数あるが、昼食時間は混んでいて1人客は気が引ける。ふとのぞいた老舗料理店「快楽亭」ではたまたま余席があって昼食にありつけた。

 食事後、土産探しに寄ったのがすぐ向かい側に見える440年の歴史をもつ「柳屋奉善」。最中の皮に羊羹を流して固めた看板菓子の「老伴」を購入した。本居宣長や梶井基次郎にゆかりの銘菓も買った。一級の文化や手仕事、味覚に魅せられた。


〈交通〉
・JR紀勢本線・近鉄山田線松阪駅下車
〈問合せ〉
・松阪市観光交流課☏0598・53・4196
 
中尾隆之
中尾隆之(なかおたかゆき)
高校教師、出版社を経てフリーの紀行文筆業。町並み、鉄道、温泉、味のコラム、エッセイ、ガイド文を新聞、雑誌等に執筆。著作は「町並み細見」「全国和菓子風土記」「日本の旅情60選」など多数。07年に全国銘菓「通」選手権・初代TVチャンピオン(テレビ東京系)。日本旅のペンクラブ代表、北海道生まれ、早大卒。近著に「日本百銘菓」(NHK出版新書)