
塩原からお知らせ・・・
「京都カフェ〜10月」開催のご案内
京都ファン、歴史ファン、京都を旅する人、京都人、東京勤務の京都企業の方など、どなたでも、ご参加いただけます。
毎回のお題に対して、楽しくてためになる情報交換、京都愛あふれるトークを参加者、皆で繰り広げています。
10月のお題は「本当は教えたくない紅葉」
10月23日・日曜日 参加費 1人 2,000円(お茶・菓子付)
場所 「カフェセレ」(東銀座駅 徒歩1分 銀座松竹スクエア2階)
時間 13:00~15:00
詳細は公式FB「京都カフェ実行委員会」にてご確認ください。


西郷隆盛銅像 写真提供:鹿児島市
幕末から明治維新へのキーパーソンであり、2度も島流しに遭い、自殺するも助かり、結婚も数回? 最後は故郷で自決するといった波乱万丈の西郷さん。他の歴史人物をなかなか「~さん」付けして呼ばないですが、何故か西郷さんだけは知り合いでもないのに「~さん」付けしてしまう…これが、西郷さんが誰からも愛される魅力であり、その証拠なのかもしれません。
上野の銅像でも親しみのある西郷さんですが…実はあれ、似てないらしいですね、自画像や似顔絵もなく、その風貌は謎…NHK大河ドラマ、主役の西郷さんを誰がするのか? とても楽しみです。私は個人的には、佐藤浩市さんがいいな…意外な大抜擢では、山口智充さんがいいなと…あくまで希望。…いうことで、今回は西郷隆盛のゆかりの鹿児島市と京都のお話しです。


桜島 写真提供:鹿児島市
さて、まずは京都清水寺塔頭・成就院住職・月照と西郷の入水自殺に関して。
西郷さんと度々、東福寺塔頭・即宗院などで密会をしていた勤皇僧・月照。「安政の大獄」が激化する京都では危ないゆえ、薩摩でかくまおうと西郷は企みます。月照は何とか薩摩まで到着。ところが、斉彬が没した薩摩藩は急速に保守化してしまい西郷さんは月照を自分の力では守り切れないと判断。追い込まれた二人は桜島が見守る錦江湾で入水自殺を図ります。月照は命を落としましたが、西郷さんは同船していた平野國臣(福岡藩士)に助けられ、そして奄美大島に潜伏することになります。

清水寺境内にある西郷と月照の碑
ちなみに月照と西郷さんが、討幕計画の密会を重ねた東福寺塔頭・即宗院は薩摩藩の菩提寺。明治維新後、西郷さんは幕末の動乱での戦死者した薩摩藩士524人の名が刻まれた「東征戦亡の碑」に揮毫しています(通常非公開)。また現存はしませんが清閑寺の境内にあった茶室でも密会していたようです。


薩摩島津伏見屋敷跡碑

伏見にある大黒寺には伏見七名水「金運清水」がある
ちなみに寺田屋事件と呼ばれる襲撃は2回起きています。1度目がこの薩摩藩士同士討ち、2度目は坂本龍馬が負傷して、材木小屋に避難した後、伏見薩摩藩邸に逃げ込んだという事件です。お龍さんが機転を効かせて、助けたというエピソードで有名ですね。
薩摩藩も混乱する中、ようやく西郷さんが呼び戻され、藩政に加わり、禁門の変では薩摩兵を指揮、そして薩長同盟を締結させるなど大活躍します。

二本松薩摩藩邸跡碑

京都大丸裏に建つ薩摩藩邸跡碑
余談ですが、京都の薩摩藩邸は市内と伏見を合わせて幾つか存在しました。有名な龍馬が中岡と襲われた近江屋での暗殺事件。その事態を急いで知らせたとされる薩摩藩邸は現在の京都大丸あたりにあった薩摩藩邸で、大丸裏には「薩摩藩邸跡碑」があります。


田町にある江戸城開城会見之地

西郷洞窟 写真提供:鹿児島市

維新ふるさと館幕末探訪郷中教育ゾーン
写真提供:鹿児島市
その後、西郷さんは明治新政府の参議を辞任して(辞任理由は朝鮮半島への使節派遣の意見の違いと言われています)鹿児島へ戻ります。
西郷さんに従って鹿児島に戻ったメンバーを中心に私学校設立。西郷さんは湯治、狩猟、開墾で過ごしていましたが、やがて政府に反発した私学校の生徒の暴走を端に、西南戦争へと発展します。西郷さんの最期は政府軍に追い込まれ、鹿児島・城山に立てこもり、そこで自決します。その城山には西郷さんが5日間、立て籠った「西郷洞窟」があり、麓には、桜島を眺める西郷隆盛銅像(台含め高さ8m)があります。
JR鹿児島駅近くには私学校跡碑など、西郷さんを偲ぶスポットがたくさんあります。また、それらの歴史を楽しく学べる演出のある「維新ふるさと館」もお薦め。
2017年は大政奉還、2018年は明治維新、それぞれ、あれから150年。幕末、明治をもう一度、見直して偉人たちの活躍、功績、そして命を掛けて守ろうとした思いに触れてみてはいかがでしょうか。そして、NHK大河ドラマ「西郷どん!」に登場するであろう鹿児島、東京、京都など、その舞台となる街に是非、旅をしてください。