



今年はご存じの通り、「明治150年」という節目の年で、京都だけでなく全国各地の関わりの深い都市では、「明治150年」にちなんだ展示会やイベントが開催されています。
元何藩だったかによって、盛り上がりに違いはあるにせよ、歴史の舞台の1ページであった地で盛り上がるのは、歴史ファンには嬉しいことです。
さて今回は福岡太宰府にある太宰府天満宮と京都を旅します。…とはいえ「菅原道真」ではなく、幕末のゆかり、明治への一歩を追います。


そしてもう一つ、大事件といえば教科書にも載っている「8月18日の政変」。1863年8月18日に京都で起こったクーデターです。長州藩や尊王攘夷派の7人の公卿が都から追放されます。その中に後の明治に活躍する三条実美も含まれていました。7人の公卿のうち、一人は「生野の変」に参画し外れ、もう一人は病死、残り5人の公卿が謹慎した所、それが九州福岡・太宰府なのです。今回はその五卿の一人、三条実美のスポットをご紹介します。




そして故郷である京都には明治18年、三条実美とその父が祀られた梨木神社が創建されました。場所は京都御苑の東(三条家邸宅跡の東側)にあります。
梨木神社は萩の名所として有名で毎年9月には「萩まつり」が開催されます(今年の萩まつりは9月17日、22~24日)。
また京都の東山七条にある妙法院は、「8月18日の政変」で七卿がここから都落ちしたため、その歴史を刻む碑が境内に建っています。この妙法院から長州藩士と共に長州へと向かいます。その有名な都落ちの様子、蓑をはおり、笠をかぶり、雨の中、トボトボと西へ向かう7人。そんな惨めな寂しい姿が碑にも刻まれています。また10月の時代祭の列に、再現した姿を見ることができます。




ここに幕末、五卿を訪ねて、西郷、桂、龍馬、高杉晋作などが訪れています。幕末、明治維新への歴史の1ページである知られざるスポットがこの地なのです。ちなみに五卿は三条実美のほか、三条西季知、壬生基修、東久世通禧、四条隆謌です。
その滞在中に彼らが残したゆかりの品々が、現在、太宰府天満宮の宝物館で展示されています。11月25日まで開催中の「太宰府幕末展」では西郷隆盛や高杉晋作の書状、三条実美が所有していた鎧や具足、都落ちの絵などを見ることができます。
追放された彼らの思いや、そうした彼らに頼る意図があって訪れた者たちの志、時代の流れに奔走され、秘かに着実に“次の出番”を待っていたのでしょう。
そして、ついに、その復帰の時がやってきます。薩長同盟を結んだ2藩が計画し、発表された1867年12月の「王政復古の大号令」によって、五卿は京都へと戻り、復帰。三条実美は新政府で議定、太政大臣、やがて内大臣と、要の政治家となっていきました。(議定とは新政府最初の3つの官職の一つ)。

是非、萩の美しく咲く9月には京都の梨木神社へ、そして11月末までに太宰府天満宮宝物館へもお出かけいただき、三条実美を通じて明治150年を感じていただければと思います。